「現代のビジネスシーンにおいては、著作権の知識は不可欠である」という命題に異論を唱える方はいないでしょうか。ただし、これまではその意味を「うっかり他人の著作権を侵害しないために著作権の知識を身につけるべき」との、どちらかというと「防御」の観点で説明されてきた印象を受けます。
しかし、著作権は守りのツールではありません。より積極的に攻めのツールとして活用すべきものなのです。魅力ある著作権物(コンテンツ)は時を超え、国境を越えて愛され続けます。そのコンテンツから利益を生み出し、剽窃から守る源こそ著作権なのです。著作権を正しく理解し、適切な契約を関係者と結び、デジタルコンテンツならば適切なDRM(著作権管理技術)を選択して流通させることが重要です。
一方で、著作権は著作物を生み出さない立場であっても重要な知識です。例えば、各種イベントのために外部のデザイナーが創作した「キャラクター」を利用しようとした場合に、利用方法を踏まえた契約を締結することが担当者には求めされていますし、契約の範囲を超えた利用をしていないかを判断できなければなりません。また、昨今盛んになっている「地域のブランド化」を支える「地域コンテンツ」も、その土台は著作権が中心となります。
一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)が発足したのは、著作権法に「プログラムの著作物」が例示された1985年の著作権法改正がきっかけでした。当時、デジタル形式で流通していた著作物は、ビジネスソフトやゲームソフトなどしかなく、こうしたソフトをコピーした海賊版対策として創設されました(音楽CDは誕生していましたが、まだパソコンで扱うことはできませんでした)。
1980年代から1990年代の前半頃まで、ACCSが支援した刑事事件の対象は、街の販売店でのコピー品販売ややレンタル店での無許諾レンタルが主でした。コピー品販売は複製権の侵害ですし、無許諾レンタルは貸与権の侵害です。今では信じられないかも知れませんが、こうした違法業者が、大都市はもちろん地方都市でも店舗を構えて営業していたのです。この頃のメディアはフロッピーディスク(FD)。容量は、1.2MBや1.44MB。CDの約500分の1しかない容量でした。
こうした店舗が摘発を受けて消えていくと、1990年代には、パソコン通信を使ったコピー品の販売が主になっていきます。パソコン通信は、掲示板やメールを主としたサービスで、NIFTY-Serveや、PC-VAN、日経MIX、ASAHIネットといったサービスが、個々に提供していました。パソコン通信で客を集め、FDを郵送するなどしてコピー品を販売していたのです。
パソコン通信は、パソコンに接続したモデムという器械を使って電話をかけてサーバーに繋ぎ、掲示板やメールにアクセスするのですが、回線速度が遅く、料金は従量制課金(接続時間に比例して料金が上がる)だったため、パソコン通信上でファイルをやり取りすることは多くはありませんでした。公衆送信権の侵害事件ではなく、あくまで複製権侵害が多かったというわけです。
こうした状況が一変するのは、2000年頃からです。CD-Rが普及を始め、大きな容量のファイルを簡単にコピーできるようになったのが2000年より少し前からで、インターネットが一般化して、定額制料金で繋ぎっぱなしにできるようになったのも2000年を過ぎた頃からです。
次回に、2000年以降、つまりインターネットの普及によって、著作権侵害事件がどう変わっていったかについて紹介します。
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